昨日は貴重な体験をしてきました。
恵比寿の写真美術館で展示されている「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ・ブレッソン」。閉館後のフロアレクチャーに参加してきた。今回展示担当をされた方の解説付。
この写真展は前日1700名も来館したという評判の写真展。その人数ではとてもではないけどゆっくり観られない。今回参加させていただいて、まるで自分ひとりの空間と言わんばかりに誰に邪魔されることなく、心置きなく見させてもらった。
ちなみにフロアレクチャーのお作法は、フロアを自由に行き来でき、興味のある解説に耳を傾ける。自由なんです。でもね、日本人は一字一句解説員から言葉を聞こう、メモを取ろうとして集団で動くんです。そんなのお構いなしな私は、入り口にいるみんなから離れ一人自分のペースで歩きまわる。大好きなカルティエ・ブレッソンの空間を独り占めできるこの高揚感と幸福感は気持ちをアゲアゲにさせました。
木村伊兵衛とカルティエ・ブレッソンは同じ時代を生き、お互いを認め合い、写真のスタイルもどことなく似ていました。それを今回同時に展示したことは、私にとってなんら不思議な事ではなく、むしろ多くの人が感じているように「当然の成り行き」だったと思います。ここまでは素人でも考えることであると思うけど、では、どこが二人の違いなのか、そして二人の作品を並べることによって見えてきたものはなんだったのか?を今回解説の方に説明してもらいました。
両方とも報道カメラマン。木村伊兵衛はリアリズムを、カルティエブレッソンはシュールリアリズムを提唱。二人とも日常の風景、人を主に撮っている。木村伊兵衛の写真には一枚に複数の世界が存在している。一つ一つを切り取ったら単体で存在するもののそれぞれが瞬間的に同じ場所で出逢って写っていることで一枚の絵になる。(彼の写真がトリミングできないと言われている所以でもあります。複数の世界が構成されてる写真を切り取ることは彼の写真自体のメッセージを失うことになるから)
一方カルティエ・ブレッソンは、ジオメトリックな構図と言われています。ジオメトリックな線が彼の写真には存在します。ジオメトリックな風景・建造物に人が写っている。幾何学的美しさを追求したと言われています。
木村伊兵衛は会話型、カルティエ・ブレッソンは対話型。木村伊兵衛は会話をすることで日常と同じシチュエーションをつくり、カルティエ・ブレッソンは「決定的瞬間」、現実と心の中が一緒になった時、いわゆる普段と違うことを感じた瞬間をきりとっています。
木村伊兵衛は、人が傑作と思う直前の写真を「おつなもの」と彼自身で評価して世に出しています。人が評価する写真は決まりすぎていて彼自身のポリシーに反すると。なので、実は傑作と言われている作品が日の目を見ることなく、彼が亡くなった後、写真の整理をしていたお弟子さんが多くを発見したと言われています。そして、伊兵衛さんは写真を千人、一万人、百万人と多くの人の目に印刷物として触れることを大事に考えました。それこそが彼が目指していたことと。
カルティエ・ブレッソンは、「立ち会う」ということに天賦の才能を持っていたそうです。ガンジーが亡くなる直前にインドに行き、生存中のガンジーを撮影し、暗殺され、葬儀をも撮影。どこかの紛争地域でも、内戦勃発というまさにその時に立ち会っている。報道写真家としては、無くてはならない才能を持っていた。そして、ブレッソンはカラーは特別な事が無い限り撮らず、モノクロ専門。というのも、カラーは現実の色がでてこそ活きるもので、現実を写し出さないカラーは違うといったそうな。
何はともあれ、実に貴重な時間を過ごすことができた。カルティエブレッソンの写真には心を惹かれていて、いつかは彼の「決定的瞬間」の写真集を買いたいと願っていた。更にその思いは強まった。現在は10万以上する品である。(英題は「The Decisive Moment」(決定的瞬間)、仏題は、「Images à la sauvette」(かすめ取られた映像)、英語とフランス語のタイトルの意味が違うようです。ですが、カルティエ・ブレッソンの
代名詞は誰がなんとも言っても「The Decisive Moment」(決定的瞬間)です。)
物事を感覚的にとらえる私にとっては、このような解説を聞けた事が実にありがたかった。感じたことの「なぜ?」がわかり、両名の写真に対する知識が深まった。漠然とだけど、これから私が写真を撮るときのヒントがいっぱいちりばめられていたように感じた。
↓↓↓是非みにいくべし♪これはお互いがお互いを1954年に撮影している写真。木村伊兵衛がNikonS、カルティエ・ブレッソンがライカM3を使っています。
お互いがカメラを持っている姿だということがポイントです。
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